28.2.12

サトクリフ

最近はまっている作家の一人が、ローズマリー・サトクリフ。
今更?って感じもありますが、今更になってようやく、彼女の作品の良さがわかるようになりました。

サトクリフの作品は大体どれも極度に地味で、文章もそっけなくて、だから想像力を必要としてくる。しかも、小説ごとに文体が微妙に違ってきて、スタイルに慣れたと思って次の本を手に取るとなんとなく裏切られた気分になります。それに理由があると分かったのが、つい最近で、それを理解してからはぐっと読みやすくなりました。

何か読むのが簡単なものが読みたくなって買った、The Shield Ring (邦訳『シールド・リング-ヴァイキングの心の砦-』)を読んでから、がっつりはまりました。
The Shield Ringの舞台は、1066年から少し経った頃の北部イングランド(というか湖水地方)、9世紀頃からヴァイキングの人々が支配していた地域に住む女の子と男の子の話です。1066年とは、つまりノルマン人がイングランドを征服した年。攻め込んでくるノルマン人たちに、イングランドを故郷とするヴァイキングの末裔たちが、追い詰められつつも踏みとどまろうと努力する、そんな話です。
今、私はアングロ・サクソン文学を学んでいます。さらにアイスランドへ行く前には『アイスランディック・サガ』と呼ばれるサガを幾つか読んでいて、それでようやくわかったのですが、The Shield Ringは、サガや、古英語詩を活かした作品なのです。The Shield Ringに何回も登場する古英語叙事詩『ベーオウルフ』は、アングロ・サクソン人が祖先の故郷である北欧の伝説を下敷きにして創った話で、当然ヴァイキングたちも知っていたであろう物語です。サトクリフはこれらの物語を読みこんでいたようで、サガや詩でよく使用されているモチーフや表現が小説にたくさん盛り込んであるのです。例えばこの作品によく出てくるのが、ハイフンで二つの言葉を繋げた複合語。これは多分、新しい言葉を二つの言葉を繋げることによってつくっていく古英語の特徴を、踏襲しているのだと思います。

私にスタイルの由来がはっきりと分かるのはヴァイキングやアングロ・サクソン関連の物語だけですが、きっと他の時代を扱った作品も、その時代の文学や文書、言葉を反映したスタイルになっているのだろうと思います。だからこそ、サトクリフ作品は、作品ごとに文体が変わるのでしょう。


そして忘れてはならない、分かるとちょっと楽しい小ネタが、「イルカの印章のついたエメラルドの指輪」。一番最初に登場するのが、ローマン・ブリテン時代の作品The Eagle of the Ninth『第九軍団のワシ』で、主人公のアクイラの所持品です。この指輪はアクイラの家系に代々受け継がれ、ローマン・ブリテン四部作の主人公たちが所持しているものなのですが、この指輪の系譜はその後も続いていくのです。私が記述を覚えているのはローマン・ブリテンシリーズとThe Shield RingSword at Sunset, Sword Songも手に取った記憶はあるのですが指輪の話は覚えておらず…)だけですが、つまりThe Eagle of the Ninthの133年頃から、The Shield Ringの1066年頃まで、指輪は受け継がれていくわけです。指輪自体の重要性は作品によりけりで、話の中心になることはほとんどないのですが、時代の経過と、ブリテン島に暮らす人々の歴史を感じさせられます。
サトクリフがこの指輪で表現したかったのは、多分、イギリスで暮らしていると時々感じることのある「様々な人が生きてきた足跡」のような感覚なのではないかと思います。場所によりけりですがイギリスには本当に色んな時代の遺跡が残っていて、ふと古そうな建物を見上げると16世紀のものだった、なんてことや、ビジネス街にローマ時代の城壁の一部が、なんてことがけっこうあります。そういうものに囲まれていると、ふと、「今よりかかっている壁に、16世紀の人が触れていたことがあるんだろうな」とか、「私が腰かけているこの遺跡の階段を、2000年以上前に松明を持ったローマ人兵士が登っていったんだろう」と、過去と繋がっている現在を感じることがあるのです。サトクリフが指輪の継承を描くことで伝えたかったのは、その連綿と繋がる過去からの系譜だったのだろうと、私は思っています。

ちなみに、イルカの指輪のシリーズの年代リストはこちらです。rosemarysutcliff.comから引用させて頂きました。

The Eagle of the Ninth (AD 133),
The Silver Branch (about AD 280),
Frontier Wolf (AD 343),
The Lantern Bearers (AD 450),
Sword at Sunset (immediately follows the time of The Lantern Bearers)
Dawn Wind (AD 577)
Sword Song (about AD 900),
The Shield Ring (about AD 1070).

登場人物の物語自体についても色々語りたいことがあるのですが、まとめるのに時間がかかりそうなのでまた今度にしておきます。