17.5.12

永遠の女王




読みました。うううん、途中まで、というか最後の1ページまではものすごく面白かっただけに、結末が残念に感じる作品でした。いやでも最後まではものすごく面白かったんですよ…ただ読み終わったはずなのに途中で途切れてる感じがするだけで…!



以下、主に史実に関する話で、物語の核心部分には触れていません。が、エンディング部分についてだけは少し書きたいので最後に離して置いておきます。



『永遠の女王―時に、危機にさらされた王国は1人の偉大な女性を必要とする』という長ったらしいかつ大げさな題が付いていますが、1000年前後のイギリスに生きたノルマン人女性、エマ(アングロサクソン名アルフギフ)の物語です。これはアメリカの読者向けの題名で、イギリス向けの題名はThe Hollow Crown『空虚な王冠』です。大抵の場合、私は原題を支持する人間ですが、こればかりはアメリカ版の方が好きだと言わざるを得ません。確かに、最後まで読むと納得できる題名なのですが、皮肉が籠り過ぎている!この作者、書いてるうちにエマが嫌いになったんじゃないか…?と思えるくらいです。『永遠の女王』の方はそのエンディングを肯定的に捉えなおしたバージョン、という感じでしょうか、まだましな気がします。

ひとつ前の記事でも少し語りましたが彼女は、歴史的に見てもかなり劇的な人生を送った人です。ノルマンディのヴァイキング系のフランス人として985年頃に生まれ、最初に10代前半でイングランドのエゼルレッド王に嫁ぎ、子どもを3人もうけます。ところがデーン人の王子クヌートがエゼルレッドとその息子たち(エマの息子ではありませんが)からイングランド王位を奪うと、前の夫の子どもたちをノルマンディへ追いやり、なんと彼の王妃になってしまうのです。ちなみにこの時代の王妃というのは、大抵はあくまでも「王の妻」という立場であり自身は大した権力を持たないのが常ですが、エマは特別で、Regina「女王」として記録されています。エマはクヌートと2人の子どもをもうけ、1052年にその生涯を閉じています。

ちなみに、デーン人のクヌートの家系は、短命な人物ばかりいることが知られています。父王であったスウェインも53歳でイングランド征服の直後に死亡し、クヌート自身も39歳くらいで死亡、子のハルサクヌートなどは23歳で死亡しています。スウェインはこの時代としては妥当かもしれませんが、クヌートとその子に関してはどう考えても短命ですよね。幸村誠の『ヴィンランド・サガ』では陰謀説採用のようですが、遺伝的な病気があったのではないかと考えられてもいます。20代であるにも関わらず後継者を探すかのような行動をとったハルサクヌートの行動が、そうすると説明がつくからです。

Forever Queenは、エマが何故そのような波乱万丈な生涯を送ることになったのか、何故前夫との子をあれほどにも冷遇したのか、デンマーク王家の面々の死の理由などの謎に挑戦しつつ、わずかな骨組みしか今日に伝えられていない彼女の人生に肉付けをした小説です。あまり人気取りのようなことはせず、セックスシーンなどは控えめに、読者をわざとはらはらさせるような展開もあまり描かない地味な作品ですが、人物の描き方は秀逸だと思います。ちゃんとどの登場人物の欠点も、長所と同じように公平に書くフェアな態度に好感が持てます。

一番の悪役とも言えるかもしれないエゼルレッドでさえ、「悪」というよりはその性格の弱さとそれを誤魔化さんがための強情さを、彼の生い立ちに理由付けて説明されています。同時に主人公のエマも、そのプライドの高さを美点としてだけでなく欠点としても描くことで、とても現実味のある、地に足のついた人物として描きあげているのです。

そしていやにリアルなのが、子育て描写。悪役のエゼルレッドとの間に産んだ子供たちを悪く描くのは、母親の愛情も薄いことですし、とてもたやすいことだと思いますが、そう簡単な方向には持っていきません。長男のエドワード(後の懺悔王)は気性は弱いものの洞察力はある人物に、弟のアルフレッドはより単純思考なものの勇敢な男に育ちます。そしてエマが本当に愛情を感じたクヌートとの間の子、ハルサクヌートは、(愛情の結果)エマに甘やかされ、傲慢な人間に育ってしまうのです。主人公=正義の味方、民衆の味方、などの単純な方向に走らないのはもちろん、愛情を注げば問答無用でいい子に育つ、という生易しいシナリオも採用しない厳しさがあります。作者の経験が活かされているのでしょうか。

全体として、冷静で公平な描写、という印象をうけます。またこの作品、英語の物語にしては視点が色々と移ります。主にエマに近い視点なのですが、たまにはるか高みの第三者による描写になったり、他の登場人物の視点に映ったりと、比較的自由に動きます。ともすれば「ブレ」とも受け取られかねないこの描き方、やはり密林で酷評している人もいるようですが、日本語の小説では珍しくないことですし、私は結構好きです。

ところで歴史的に悪名高いÆthelred the Unready、「無策王」と評される王について一言。Unreadyは彼の名が記録された当時につけられた綽名、古英語のUnrædを訳したものですが、これは語感に引きずられ過ぎた訳で適切ではありません。直訳するならむしろ、Ill counseledつまり「良い助言に恵まれない人」で、Æthelredの意味であるNoble counsel、「高貴なる助言(者)」を踏まえた皮肉だと言えます。つまり何が言いたいかと言うと、皮肉られてはいるものの、「無策王」とまでなじられるような人物ではなかった可能性があります。といいつつもこの小説では助言に恵まれないというより諫言はスルー、都合のいい助言は全面支持という浅慮さをもつ王として描かれてはいますが。










以下、エンディングに関するネタバレです。

ものすごく残念なエンディング。もちろん、エマが10代の時点から始まっている物語ですから、彼女の人生の終わりまで描写しなきゃいけない、なんて決まりはないのは分かってます。でも、なぜあそこで切るのか…!!何だか、納得できる終わり方ではありませんでした。イングランド王位を継いだハルサクヌートが2年強で急死してしまうのはもちろんわかっていたのですが、彼の葬儀の場面で物語が切れるとは…。物語って、少なくとも最後の数ページはまとめに入って、終わりだよー…というのを読者に覚悟させるものだと思うのですが、この小説、最後の1パラグラフで強引にまとめてきた気がします。この小説の描くエマが好きだっただけに、彼女にその生を全うして欲しくなった私には、あまりにも無残な切り方でした。もっと続きを描いてほしい!作者の力強く誇り高いエマの、その後の活躍を教えてほしい!

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