1.10.09

救い

「獣の奏者」と「守り人」シリーズについて。
注:かなりネタバレです。また、これはただ一個人の意見ですのであしからず。なんだか文体がいつもと違うような気がしますが、気にしないでクダサイ…。よろしければ、read moreへどうぞ。

 獣の奏者を全巻通して読んだ私には、このシリーズを消極的に評価しにくい。幼少時代から見守り続けた主人公が命を賭けて自らの人生を走り抜ける様子を、マイナスの言葉では飾りたくない。

でも、このシリーズをこれから読んでみたいと言っている人がいたら、私はこう言うだろう。「2巻で止めておけ」。夢のあるうちに。

 最終巻を読み終わった後、私の頭に最初に浮かんできたのは、漫画家荒川弘さんの本で読んだ言葉だった。
「物語だからこそ、救いようのない話に救いをつくれる」

 獣の奏者の結末には、はっきりとした「救い」は、ない。主人公のあまりに哀れな最期に唖然としたのは私だけではないと思う。さらに主人公の夫でさえも、天寿を迎えるのではなく病死する。こちらも、読者に少なからず衝撃を与えただろう。

 単純に言ってしまえば、主人公及びその他の中心人物たちは、最善の策を採ろうとそれぞれ全力を尽くすのに、殆んど報われていないように見えるのだ。辛うじて叶ったのはエリンの「まっさらな未来」への願いくらい。
 国の先行きも暗い。この作品には、将来への希望があまり感じられないのだ。生き残った主要
人物たちはもちろん、己にできる最善を尽くし続けるだろう。でもその 「最善策」がうまく行くだろうと楽観的に確信することは読者に許されていない。主人公の例が、それを阻止する。

上橋先生の前作、守り人シリーズとの違いは、まさにそこなのだと思う。

 守り人シリーズでは、登場人物全員が己れの信念に従って行動し、それらの行動が絡み合うことで、誰にとっても納得のいく、一通りの結論が生まれた。チャグムがバルサと会うことはもうなくとも、ラウル王子が新ヨゴを諦めなければならなくとも。

 あの一通りの出来事を単純化して見ると、ある意味あれは、win-win という状況かもしれない。誰もが少しずつ負け、そして勝つ。

 だからこそ、守り人読者である私は、獣の奏者にも同じような「納得のいく」結末を無意識に期待、いや予想していた。そしてだからこそ、その実際の結末がより「救いのない」ように見えた。

 冷静に考えてみれば、そこまで救いのない話ではない、と私は思う。主人公があの道を歩んでいったのは彼女自身の選択であるのだし、彼女は最後まで希望を失わずに歩んだ。それに、彼女の一番の望みはほぼ叶えられたともいえる。

 この物語での「救い」があるなら、それは「希望」だと思う。Happiness can be found even in the darkest of times.




…ここでハリポタを持ちだすのか! というツッコミは、無しですよ。


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